CRM移行は、限られた期間の中で膨大な作業が発生するプロジェクトです。データの棚卸し、移行設計、実装、検証——通常であれば、この「引っ越し」を完了させるだけで期間を使い切ってしまいます。
しかしAIを適切に組み込むと、この構図が変わります。作業が効率化されるぶん、同じ期間の中で「ただ移すだけ」を超えた改善に手が届くようになるのです。
この記事では、SalesforceからHubSpotへの移行プロジェクトの実務経験にもとづいて、4つの工程それぞれにAIをどう活用したのかを解説します。そして同じくらい大事な話として、逆に「AIに任せてはいけない領域」がどこなのかも、はっきり書きます。
工程1:棚卸し ― APIで全項目を引き出し、利用状況を分析する
移行の出発点は、移行元に「何がどれだけ入っているか」を把握することです。
長年運用されてきたCRMには、膨大なオブジェクトと項目が蓄積されています。導入当初に作られたきり誰も使っていない項目、担当者が変わるたびに増えていった重複項目——心当たりのある方は多いのではないでしょうか。この全体像を掴まないまま移行設計を始めると、「使われていないゴミごと引っ越す」ことになります。
具体的なやり方はこうです。SalesforceのAPIキーを使って全オブジェクト・全項目の情報を取得し、それをAIに分析させます。これによって以下が一気に見えるようになります。
- どのオブジェクトに、どれだけのデータが入っているか
- どんな項目が管理されているか
- 各項目が実際にどれだけ使われているか(入力率)
手作業で管理画面を1つずつ確認していく方法だと、これだけで数週間かかります。APIで一括取得してAIに分析させることで、この工程は劇的に短縮できます。
そして重要なのは、この棚卸し結果が移行設計の判断材料になるということです。「使われていない項目は移さない」という判断は、利用状況のデータがあって初めて下せます。感覚や記憶に頼った取捨選択ではなく、データにもとづいた線引きができる。これが棚卸しをAIで行う本当の意味です。
工程2:移行設計 ― 業務ヒアリングとデータを突き合わせる
ここが最も重要な工程です。そして、AIだけでは絶対に完結しません。
まず業務ヒアリングを徹底的に行います。現場が実際にどうCRMを使っているのか、どの画面を毎日見ているのか、何に困っているのか。管理画面やデータをいくら眺めても、ここは見えてきません。人間が現場の話を聞くしかない仕事です(この点は後半で詳しく書きます)。
そのうえで、ヒアリング結果と棚卸ししたデータを突き合わせます。
- 実際に使われているデータはどれか
- データとしては存在するが、業務では使われていないものはどれか
この2つを特定して、移行するもの・しないものを判断します。データの棚卸しだけでも、業務ヒアリングだけでも、この判断はできません。 入力率が高い項目でも、現場に聞くと「とりあえず入れているだけで誰も見ていない」ことがあります。逆に入力率が低くても、特定の局面で決定的に重要な項目もあります。両方を突き合わせて初めて、意味のある取捨選択ができるのです。
さらにここで、移行先であるHubSpotの知見を持ち込みます。移行元にあるデータを、移行先ではどのオブジェクトに入れるのか、どういう項目として持たせるのか。AIはこのマッピングのたたき台を高速に作ってくれるので、人間は「たたき台を検証して判断する」ことに集中できます。
そしてもう1つ、この段階でやっておくべきなのが「移行先ではこれはできない」という制約の特定です。移行元の構造をそのまま持ち込もうとして、移行先のレポートで必要な集計ができない——というのは、移行プロジェクトで実際に起こることです。設計の判断は、机上ではなく実機での検証にもとづいて行う。後戻りを防ぐうえで、これは欠かせない姿勢です。
工程3:実装 ― ドライランを重ねながら、記録を残して進める
設計が固まったら実装です。ここでのAI活用のポイントは大きく2つ、そして実務上とても効いた工夫が1つあります。
プロパティの一括作成
移行先に項目を作る作業は、手作業でやると膨大な時間がかかります。数百の項目を管理画面から1つずつ作っていく作業を想像してみてください。移行元の構成をできる限り再現する形で、プロパティを一括作成する——ここはAIとAPIの組み合わせが最も効く場面の1つです。
ドライランを重ねる
移行スクリプトの開発では、いきなり本番実行はしません。
まず実行せずに変更内容だけを確認する(ドライラン)。「この処理を流すと、何件のレコードがどう変わるのか」を先に見る。検証して問題がないことを確認してから、実際に流す。この順番を徹底することで、ミスを最小限に抑えられます。
大量のデータを扱う移行では、一度の実行ミスが大きな手戻りになります。「確認してから流す」を仕組みとして徹底できるかどうかが、移行の安全性を左右します。
【重要】AIに実装記録を残させる
これが実務上、非常に効いた工夫です。
AIに作業させながら、実装の記録をプロジェクト内にしっかり残していく。 何を、どういう理由で、どう実装したのか。どの項目をどうマッピングし、どんな変換ルールを適用したのか。この記録を、実装と同時にAIに書かせておくのです。
この記録があると、後になって「移行したデータが期待と違う」という問題が起きたときに、
- なぜそうなっているのか
- どう修正すればいいのか
が、圧倒的に特定しやすくなります。AIに学習させながら実装を進める、という言い方もできます。移行プロジェクトでは、カットオーバー後も含めて必ず調整が発生します。その調整のたびに「あのとき何をどうしたんだっけ」をゼロから調べ直すのか、記録を辿ればすぐ分かるのか。この差が、プロジェクト後半の効率を大きく左右します。
工程4:検証 ― AIの出力は、原則として信じない
はっきり書きますが、AIの出力をそのまま信じてはいけません。これはいつでもそうです。
AIは「移行が完了しました」「数値は一致しています」と自信を持って報告してきます。しかしその報告自体が間違っている可能性は、常にあります。だから移行の検証では、以下を必ず行います。
- 移行先の画面で自分の目で確認する ― 最終的には管理画面を開いて、実際のレコードを見る。件数だけでなく、中身が正しく入っているかを目で確かめる。
- 移行先のレポートで再現する ― 移行元と同じ集計をHubSpotのレポートで作り、数字が合うかを確認する。
- 外部に検証用のレポートを作る ― AIが「合っています」と言っていることを、別の方法でも突き合わせて確認する。
つまり二重検証です。AIに検証させ、その結果を人間が別の手段で確認する。この二段構えが、移行の品質を担保します。
移行は「だいたい合っている」では済みません。売上の数字が1円でもずれていれば、お客様は安心して切り替えを判断できないからです。「AIで効率化しつつ、最後は人間が別ルートで確かめる」——この規律を崩さないことが、AI活用の大前提だと考えています。
逆に「AIに任せてはいけない」領域
ここまでAI活用の話をしてきましたが、人間がやるべき領域も明確にあります。3つ挙げます。
1. 業務ヒアリング
最も重要なのがこれです。
現場の話を聞きながら、今のCRMのペインポイントがどこにあるのかを特定する。そして「ただ移行する」だけでなく、「どうすれば改善できるか」まで見極める。この判断は人間にしかできません。
移行プロジェクトの価値は、実はここで決まります。何を聞き、何を課題として捉えるか。ここが浅いと、データは完璧に移行できても、業務は何も良くなりません。「移行は成功したのに、現場の負担は前のまま」——これでは、何のための移行だったのか分からなくなってしまいます。
2. UI・画面の設計
現在の技術水準では、UIの設計はAIには任せられない領域です。現場が実際に使う画面をどう構成するか、どの情報をどこに配置するか。毎日その画面を見る人の業務を想像しながら決める仕事であり、ここは人間が判断すべきです。
3. 最後のチェック
移行が完了したあと、自分でHubSpotを触ってみて「これで本当にお客様の課題が解決できているか」を検証する。 これは絶対に人間の仕事です。
データが正しく移っていることと、業務が良くなっていることは別です。前者はAIとの二重検証で確認できますが、後者を確認できるのは、業務を理解している人間だけです。
まとめ:AIは「速くする」ためではなく「余力を生む」ために使う
CRM移行にAIを組み込む本当の価値は、作業を速く終わらせることではありません。
棚卸し・設計・実装・検証の効率が上がると、そのぶん本質的な課題に向き合う時間が生まれます。「移行するだけ」で終わっていたはずのプロジェクトの中で、業務構造そのものを作り直す余力が出てくる。ここにAI活用の意味があります。
一方で、業務の理解、課題の特定、そして最終的な判断は人間の仕事として残り続けます。むしろAIで作業が効率化されたぶん、この部分にしっかり時間を使えるようになる——というのが、実務での率直な実感です。
FAQ
Q. CRM移行のどの工程でAIが使える?
A. 棚卸し(データ分析)、移行設計(マッピング作成)、実装(スクリプト開発・プロパティ一括作成)、検証(全件突合)の各工程で活用できます。
Q. AIの出力は信用していい?
A. そのまま信じてはいけません。管理画面での目視確認、レポートでの再現、外部での検証レポート作成など、二重検証が必須です。
Q. AIに任せてはいけない領域は?
A. 業務ヒアリング、UI・画面設計、そして「本当に課題が解決されたか」の最終確認です。
Harekaでは、SalesforceからHubSpotへの移行をはじめとするCRM移行のご支援を行っています。AIを活用した効率的な移行と、業務ヒアリングにもとづく構造の再設計を、代表が一貫して担当する体制でご支援します。移行をご検討中の方は、お気軽にお問い合わせください。